ストーリー

ここでずっと暮らしていけるために-なかとんべつライドシェアドライバー 長谷川克弘さん

2017 年 7 月 4 日 / 日本
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北海道・稚内から車で南に2時間弱の所に位置する、人口約1,800人の町、北海道中頓別町で、UberのICTシステムを活用したライドシェア(通称: なかとんべつライドシェア)の実証実験が行われています。実際になかとんべつライドシェアドライバーとして活躍されている長谷川さんにお話をお伺いしました。

 

世代間の交流やお互いに助け合うことが大切

地元の建設会社の役員であり、町議会議員でもある長谷川克弘さん。ドライバーのなかでも長時間オンラインにしていることが多く、頼れる存在です。「役員という立場上、仕事の時間が比較的自由になりますので、できるだけ融通するようにしています。」

2年前に町議会議員になり、「ちょうど折り返し地点を過ぎた。まだぺーぺー」という長谷川さん。新町長になり、「自助・共助・公助」というキーワードを町の政策の柱に据え、そのひとつとしてのライドシェア。議員という立場で、町がしようとしていることを理解していく為にも、自らが積極的に関わることにした、といいます。「何もかもが手探りの中、困っている人がどれくらいいて、どういう利用があるのか、これはモノになるのか、そういうためにもドライバーを始めました。」

小さい町で、顔や名を知ってはいても、世代間の交流や接点はあまりないといいます。そうした意味でも、ドライバーとして世代の違う人たちと話をすることは、長谷川さんにとっても発見の多い日々です。また、高齢の人たちの送迎は、見守りにもつながると実感しています。

ただほんとうは、やはり仕事のない土日や夜間の利用が増えてもらうと助かります。平日に休みがある人、あるいは現役を退いたばかりの人など、さまざまなドライバーが連携・協力し、できるだけ途切れることなくいつも誰かがスタンバイし、互いに補い合っていけるような体制をつくっていけるのが理想です。同じ意識のもとで、せめてこの町の人たちの生活時間をカバーできるように、みんなでこの事業を支えていけたら、それがまさに「共助」です。もちろんそのためには、利用者が増えていくことも必要と考えます。

 

 

自家用車はひとつの資源。最大限に生かしたい

平日は社用車を使っている長谷川さんは、自家用車は週末しか利用せず、ときにはひと月近くも動かさないこともあったそうです。眠っている資源でもあり、動かさなくてもお金はかかり、やがては古くなってしまう。それを利用して、無理なく人を助けられるのであれば、それは長谷川さんにとっても喜ばしいことだといいます。「ただ責任は重大で、必ず安全に送り届けるように、とても注意しています。」

スキーの指導員の資格ももち、意欲のある子どもには無償で指導もしてきたため、ボランティアも身構えることもなくすっとできる長谷川さん。地域性もあり、価値の高いことをしてもお金にはならないことがたくさんありますが、助かったと思ってくれる人がいることで、価値がちゃんと評価されたことにもなると考えます。

「私たち現役世代は土日祝日に遠方に買物に行ったりしますから、そういうタイミングに合わせて一緒に買物をするのもありだと思いますね。目的が一緒だとそういう使い方もできます。」

バックカントリースキーや登山、釣りなどと趣味も豊富な長谷川さん。同じ趣味をもつ人同士が、一緒にスキー場まで行くとか、温泉や登山にでかけるなど、本来の「相乗り」の利用がもっと普通になればいいと考えています。趣味が合えば長距離でも楽しい道中です。燃料代も分け合い、互いにwin-winの関係が築けます。観光客に対しても、自分の知るいい山や川に案内するなど、将来そんな使い方ができれば町の活性化にもつながると思いは膨らみます。「僕らには当たり前の景色や自然現象が、観光客にはうわあと声を挙げるようなものだったりします。外の人たちと触れ合うことで町を再発見することができますね。」

 

 

愛する町で安心して歳をとれる環境を

少子高齢化で、中頓別もどんどん人が減っていくことが予想されるなか、何も対策を打たないで自然に人がいなくなっては困る、ここに住み続けられるサービスのしくみを作ることが第一と、長谷川さんは痛感しています。「郊外に住んでいる人たちも、自分で車を運転できるときはさほど困りませんが、歳をとり、日々の買物や病院で薬をもらうなど、できていたことができなくなると、不安どころか恐怖にさえなってきます。なんでも近くで物が調達できるような都会の環境があれば、当然そっちに移ってしまうでしょう。」けれども、生まれ育ったところに愛着をもち、死ぬまでここにいたいという人、この町が大好きで移住してきた人がいることも長谷川さんはよく知っています。そういう人たちがずっとここに住み続けられるためにも、住民の足は欠かせないといいます。

「将来自分が乗る立場になってもちゃんとやっててねって。新しくやり始めた事業がものになって、10年後20年後、活力となってこの町が維持されているのが理想ですね。」

毎日見ている松音知岳の山肌の雪渓の形が「狐さん」になったら豆を植えても大丈夫。そんな言い伝えを守って暮らしてきたこの町の見慣れた風景が、一番癒されるという長谷川さん。自分が歳をとり、自由に出歩けなくなっても、心配なく住み続けていられる町であることを願っています。